欧州夏の移籍市場が8月31日に閉まり、同時に乾貴士のスペインでの活動が終りを告げた。J1セレッソ大阪への復帰が決まっている。
スペイン・ラ・リーガの舞台は5大リーグの中でも、日本人選手にとって特に鬼門になっているリーグだ。乾はその状況を切り開き、ラ・リーガにおいて長期に渡って活躍した初めての日本人選手となった。
日本人選手にとってスペインが鬼門の理由
スペイン・ラ・リーガが日本人選手にとって鬼門になっている理由は、主なところでは2つ理由がある。
・外国人枠が3人しかない
・スペインでは常識的なプレーの約束事がある
外国人枠に関しては、EU圏外選手枠が登録が5人まで、ベンチ入りが3人までとなっており、これは欧州主要リーグの中で最小。
EFTA加盟国・トルコ・コトヌー協定加盟国に対する優遇、スペイン在住を続けて市民権を取得(※)してEU圏外選手枠を外れるなどの優遇もあるが、どれも日本人にとっては該当しない。
つまり、日本人選手はEU圏外選手枠の3人の中でしかプレーできず、それは「助っ人外国人」としての働きが求められることを意味している。欧州の有力選手がEU圏内選手としてプレーし、南米の選手が市民権を獲てEU圏外選手枠を外れる中で、日本人選手は彼らを上回るプレーを見せない限りチームには定着できないのだ。
※日本は二重国籍を認めていないため、この制度の利用も難しい。
スペインの常識的なプレーの約束事に関しては、これを知らないことで、主に他の選手との守備の連動に問題が生じるようだ。スペインにおいては育成年代で必ず覚えることなので、ラ・リーガの選手は当然のように実践できている。日本人選手にとっては、ここをクリアしない限り試合では活躍できない。
乾貴士がスペインで成功できた理由
乾がスペインで成功できた理由として、小クラブのエイバルだったことが挙げられる。
エイバルはスペイン北部のバスク地方のクラブで、2014-15シーズンに1部初昇格を果たし、そこから7シーズンに渡って1部の舞台で健闘。
エイバルは小さな町のクラブで昇格当時は1部最小規模(※)で、ホームスタジアムのエスタディオ・ムニシパル・デ・イプルーアの収容人数は8,000人程度で、日本でいえばJ2の基準すら満たしていないことになる。
※後にウエスカが1部昇格を果たすまで最小規模。
加入後、しばらく経ってからクラブ幹部のコメントとして「タカシは、我がクラブ初の国際的スター選手だ」といったようなものがあったように記憶しているが、それまでエイバルには各国の代表クラスの選手は所属していなかったということなのだろう。エイバルにとって、乾は「助っ人外国人」としての位置づけであり、スペインが日本人にとって鬼門である理由のひとつはクリアしていた。
もうひとつの理由である「スペインでは常識的なプレーの約束事」に関しては、やはり乾も加入当初は守備が問題になっていた。指揮官のホセ・ルイス・メンディリバル監督も「当面は守備が課題」といったようなコメントをしており、守備面の不安がなくなるまで半年以上は要した。
他に乾の成功要因として、バスク地方ということも挙げられる。
スペインはいくつかの地方によっては、土地柄がだいぶ異なる。例えば、バルセロナがあるカタルーニャ地区は独立運動が続いており、独立が成立すれば、バルサはラ・リーガからは外れ、レアル対バルサのクラシコはなくなるのではないかと言われている。
北部バスク地方は気質的に日本人に向いている土地柄ということだ。バスク人は、情熱的なラテンの印象とは大分異なり、日本人の誠実さや努力、献身性といった人柄が評価されやすい。他地方のクラブでは、そのあたりの面はあまり評価されない。
乾がエイバルに移籍した2015-16シーズン就任したメンディリバル監督もバスク人であり、乾がエイバルに在籍した期間中ずっと指揮を採っていた。このことも、乾にとっては相性の面でプラスだっただろう。乾に守備に課題があっても、適応するまで辛抱強く指導を続けた。
いずれにしろ、乾が6シーズンに渡ってスペイン1部の舞台で活躍し続けたことの功績は大きい。日本人選手にとって鬼門だったスペインでも通用することを証明したことで、その後に続く後輩たちの道が開けたこと、スペインのクラブ側が日本人に対する印象が変わったことは大きな収穫だ。
今後も外国人登録枠の問題等で、日本人選手にとってスペインが難しい舞台であることは変わりないが、ひとつ大きな重荷が外れたことは間違いないだろう。
乾貴士のプレー評価
乾のプレーを見ていると、その魅力は「やんちゃさ」にあるように思っていた。
ドリブルや各種テクニックを生かしてゴールに迫るプレーには、どこか「やんちゃ」な印象があり、守備する側には圧を感じさせるような印象がある。若いときの乾にはそういったプレーが多く見られ、2016-17シーズンにバルサ相手にカンプ・ノウで2ゴール決めた頃もそんな感じだった。
2018年ロシアW杯でも2得点と、攻撃面での良さは十分に出ていた。
ところが、2018-19シーズンにエイバルを出てベティスに移籍するも、思うように出場機会が得られずにシーズン後半はアラベスに移籍。このあたりから、乾の攻撃面での「やんちゃさ」に陰りが見られたように思う。このシーズンに「やんちゃ」なプレーで印象に残っているのは、皮肉にも元所属チームのエイバル相手にゴールを決めたシーンだけだ。
翌シーズンにエイバルに復帰して2シーズンを過ごしたが、攻撃面での怖さはあまり感じられなくなっていた。守備も含めて全体のバランスは良くなっているのは感じるが、オフェンスの選手としての攻撃的な怖さが減少したのは、やはり年齢から来るものなのだろうか。
2020-21シーズンでエイバルが2部に降格し、フリーエージェントになったときに「スペイン1部ではもうきびしいだろうし、他のリーグから声がかかれば」と思っていたが、乾に他国でプレーする意思はなかったようだ。
Jに復帰することで、リーグの環境も大きく変わる。その中で、「やんちゃさ」が再び戻ってくるのか、それてとも新たなプレースタイルが確立されるのか、そのあたりに注目したい。