ブンデスリーガで称賛され続ける長谷部誠の優れた能力

「フランクフルトの皇帝」
「熟成されたワイン」
「アジア人ブンデス最多出場選手」

これらの言葉は、ここ数年3バックの中心リベロを担うようになってから、ドイツ・ブンデスリーガで長谷部誠に対する称賛の言葉の一部にすぎない。
先月で37歳になり、ブンデスリーガで最年長のプレイヤーでありながら、アイントラハト・フランクフルトでレギュラーの活躍を続けている。もちろん出ずっぱりとはいかず、控えに回る時期もあるが、そのたびに指揮官の信頼を取り戻し、替えのきかない選手としてスタメンを勝ち取り、チームが好調なときには必ず長谷部がキープレイヤーとして活躍しているのだ。
そんな長谷部誠が、長年ブンデスリーガで活躍し続けられた理由、キャリアの終盤を迎えながら絶対的な存在として信頼され続ける理由はどこにあるのだろうか。

キャプテンシー

ドイツに渡って早々にヴォルフスブルクで優勝、マイスターシャーレ(優勝皿)を掲げた際には、日本の一般メディアでもニュースが流れたほどだったが、以降はさして大きなニュースはなかった。
一方、日本代表では若いころからキャプテンを務め、メディアのインタビューを受ける機会は多く、代表における活躍は度々ニュースになった。

日本代表における長谷部は、南アフリカW杯直前に岡田監督の慧眼に基づき、中澤佑二からキャプテンを引き継いだ。以降、ブラジル・ロシアとW杯3大会に渡って主将を務め、ロシアW杯で代表引退を告げると「日本代表歴代最高のキャプテン」として称賛された。

「本物のキャプテンというのは、マルディーニとお前だけだ」

これは、ザッケローニ監督に言われた言葉だそうだ。
長谷部が調子を落としていたときに、もう少し若い選手にキャプテンを任せたいとの申し出に対する答えとのことだが、指揮官の長谷部に対する信頼感は微塵も揺らいでいないことが伝わってくる。

日本代表を引退した後は、所属チームのフランクフルトに専念することになるが、代表キャプテンとして培われたキャプテンシーは遺憾なく発揮されている。
リベロも務めるようになったころから、チームのサブキャプテンにして、守備陣のまとめ役として存在感のある立場だ。2017年に鎌田大地が移籍してきた直後には、「チームの皆、特に若手から尊敬の眼差しで見られている存在感がすごい」といったコメントをしていた。前回記事で述べた通り、エヴァン・ヌディカといった若手に対する指導役も担っている。

この頃には既に「フランクフルトの皇帝」「日本のベッケンバウアー」といったふうに呼ばれ始めていたし、ニコ・コバチ監督は「ローター・マテウスを思い起こさせる」とインタビューで述べていた。その指揮官からは、強烈なリーダーシップを求められ「キミの経験をチームに持ち込んでくれ」と言われ、チームにおける信頼感は後任のアディ・ヒュッター監督になってからも揺るぎない。

バランサー

正直なところ、代表キャプテンになった頃の長谷部を見ていて、どこに特徴があるのか分からなかった。派手なシュートや正確なパスがあるわけでもなく、守備力に秀でた訳でもない。試合を見ていて、いい動きをしているのはなんとなく分かるが、これと言って分かりやすい武器があるわけではなかった。

日本代表のキャプテンが板についてきた頃になると、逆にそれが長谷部の特徴なのだというのが分かって来た。本田圭佑や香川真司、長友佑都といった分かりやすい特徴の選手が存分に能力を発揮する中で、長谷部は常に全体のバランスを考えてプレーしている。バランサーとしての能力が、長谷部の一番の特徴だった。

そして、その能力は年を重ねるごとに磨かれていく。
「熟成されたワイン」と称される理由のひとつが、ここにある。

ユーティリティ

日本代表においては不動のボランチとして君臨した長谷部だったが、ドイツではそうではなかった。

ヴォルフスブルクが優勝したことにより、翌シーズンは多くの有力選手を獲得した。
それによって、長谷部は本職のセントラル・ミッドフィールダーからはじき出され、サイドハーフやサイドバックなどで便利屋的に使われることが多くなった。
本職のセントラルミッドフィルダーでの出場機会を求めてニュルンベルクへ移籍するも、チームの成績は上向かず、ケガによる離脱も長く、チームは2部降格。フランクフルトへと移籍する。

フランクフルトでは本来のポジションでもプレーしたが、右サイドバックでの起用も増えた。そして、ニコ・コバチ監督が就任すると、指揮官の慧眼により3バックの真ん中リベロのポジションに抜擢される。
やがて、ボランチとして先発しながら、試合の状況に応じて途中からリベロにポジションを移す。そんな試合中の4バックから3バックへの切り替えを行うことが定番となり、この役割は長谷部にしかこなせないものだった。これを可能としたのは、それまでに数々のポジションをこなしてきた経験が活きているに違いない。

「3バックの中心としても、ボランチとしても常に我々の助けとなってくれる存在だ。マコトはどこで起用されても、決して不平不満を口にすることなく、常に力を出しつくす」とは、指揮官からの賛辞。

これが2017-2018シーズン後半のフランクフルトの好調を支え、DFBポカール決勝ではバイエルンを下して優勝。長谷部にとって、ドイツで2つ目のタイトル獲得と共に、翌シーズンのヨーロッパリーグ(EL)出場権を獲得した。

現在のアディ・ヒュッター監督になってからは、試合途中でのポジション変更はほとんどなくなったが、リベロを中心にボランチでの起用も状況に応じて使い分けている。

危機察知能力

ロシアW杯を終えて日本代表から引退をすると、長谷部は少し燃え尽きてしまったかのようだった。W杯での激戦を終えて身体的にはそうだったのだろうが、精神的にはそうではなかった。
バイエルンに引き抜かれたニコ・コバチ監督から、後任のアディ・ヒュッター監督に変わったこともあり、2018-2019シーズンの序盤は長谷部の出番はほとんどなかった。逆にそのことが、長谷部のコンディションを整える期間に当てられた感はある。

ヒュッター監督は元々4バックを用いており、当初はリベロ長谷部の価値に気付いていないようだった。しばらくすると前任者が用いていた3バックを布陣を試すとともに、長谷部をリベロで起用する。するとELグループステージ第2節ラツィオ戦で、好プレーを見せた。

「私は常に称賛には慎重だ。私の中でワールドクラスはリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドだけだが、今日のマコトは彼らに近かった」

最高の褒め言葉だろう。新監督の信頼を勝ち得ると、リベロとしてのポジションを不動のものとし、同時にこのシーズンのリーグ戦、そしてELにおけるフランクフルトの快進撃が始まった。
中でも長谷部の危機察知能力は鋭さを増し、ゴールライン際における決定機を阻止するシーンは度々見られた。この2018-2019シーズンでは、危機一髪の場面回避のシーンを集めると、必ず長谷部のものがいくつか盛り込まれるほど。

それまでバランサーとして、チームのウィークポイントをカバーしていた長谷部ならではのもので、味方ゴールに最も近いリベロに位置するようになったことで、ゴール際のクリアにつながっているのだろう。

「そこに長谷部誠がいた」
「長谷部が突然現れた」
「なぜそこにいる?」
「職人」
「ラスト・サムライ」

そういった場面がある度に、派手な見出しと共にニュースになった。
本人は、「なんとなく、この展開なら、狙うのはここかな」といった感じでポジションを取っているとのことだが、経験に裏打ちされたもの以外の何物でもない。
前シーズンからそのような場面は見られていたが、それにしてもこのシーズンは神懸っていた。
結果、チームは好成績を収めるとともに、長谷部はサッカー専門誌「kicker」選出のベストイレブンに名を連ね、UEFA選出のEL優秀選手に選出されている。

「マコトは、まるでワインのようだ」
「月日を重ねるごとに、熟成度が増していく。彼はこのチームにとって、確実にキープレイヤーの一人として数えることができるよ」

これも、このシーズン半ばに、ヒュッター監督がインタビューで答えたものだ。
このセリフは非常にインパクトがあり、同時に長谷部の状態を的確に表現したものだった。以後も「熟成されたワイン」「長谷部は、いいワインのようだ」といった感じで、度々メディアで用いられる言葉となった。

「理想的なリベロ」

これも、メディアが長谷部を称賛したフレーズのひとつだ。

代表を引退してからの長谷部を見ていると、個人的には2人のイタリアの名プレーヤーの要素を持っている気がしている。一人目が、フランコ・バレージだ。
バレージと言えば、言わずと知れたリベロの名手だが、176cmと体格的には恵まれてはいない。戦術眼と読みの鋭さが光るプレーで、世界一流のディフェンダーとして君臨した。
長谷部も同様に、センターバックとしては体格的に少々不安がある。事実、EL準決勝のチェルシー戦では、それを理由に最終ラインではなくボランチでの出場となっている。
しかし、的確な読みと危機察知能力で、ブンデスリーガでもトップクラスのリベロとして存在感を発揮している。

正直なところ、ベッケンバウアーやマテウスのプレーは見たことがない。
バレージの晩年のプレーは目にしたことがあるが、今の長谷部の円熟したプレーと重なるところは十分にある。

最高のパサー

二人目は、アンドレア・ピルロだ。
正直こちらはあまり自信はない。「もっと適切な選手はいるだろう」とお思いになられたら、それは私が各国のプレイヤーをあまり知らないからだと思って、ご容赦いただきたい。

ピルロは戦術眼に長け、言わずと知れた名パサーであり、イタリアで言うところのレジスタとして活躍した選手だ。フリーキックの名手でもある。

長谷部はといういうと、フリーキックは蹴らない。だが、ここ数年の長谷部のプレーを見ていると、戦術眼とパサーとしての能力は相当に高いレベルにあることが分かる。
ポジション的に低い位置にいることからも、アシストがつくようなラストパスを送る場面はまずないが、その前のゲームの組み立ての段階では良質な球出しをして、前線にボールを供給している。
フランクフルトには、左サイドにコスティッチという良質なクロスをゴール前に上げる選手がいる。また、中央には鎌田大地をはじめとするトップ下がおり、こちらからもラストパスが供給される。長谷部が主にやっているのは、この一歩手前の部分、いわゆるゲームの組み立て、ゲームメイクの部分のボール出しだ。
ハイライトを見ていても、ゴールが決まる前の部分が長い映像だと、長谷部のボール出しからゴールにつながっているというシーンは結構ある。

近年では高い位置でのプレスが重視され、ディフェンスでのボール回しやボランチへの圧力が強い傾向がある。
フランクフルトでここから前線へのボールの出しを担っているのが、主に長谷部なのだ。長谷部がいない試合だとボールの出所がなく、ゲーム全体的に円滑に進められない、ということはしばしばある。それはリベロでも、ボランチでも変わらない、どちらの位置からも、良質なボールを供給している。
このあたりが、長谷部の出場とチームの好調の相関関係につながっているに違いない。

そのあたりは、指揮官はよく分かっているようで、試合後のコメントを見ると、そのあたりについて言及されていることがしばしばある。
メディアもそのあたりは分かっているようで、長谷部に対して「最高のパサー」と評することもある。
目立ちはしないが、長谷部はゲームメイクに大きく関わっており、そのあたりが中盤の底からゲームをコントロールしていたピルロを彷彿とさせるのだ。

このパサーの能力に関しては、日本代表のキャプテンだった頃にはそれほどではなかったこともあり、けっして先天的なものではない。長年の経験と、ドイツでのプレーを通して開花していった熟練の技だ。
このあたりも、「熟成されたワイン」と評される要素のひとつであることは間違いない。

ブンデス最多出場選手

こうして、長年プレーをしながら身に付けていった能力を発揮し、2008年1月にドイツに渡ってから13年が経過した。
長谷部の後にドイツに渡ったプレーヤーのほとんどがドイツを去ったあとも、ブンデスリーガの第一線で戦い続け、記録の上でも金字塔を打ち立てた。

日本の海外先駆者、奥寺康彦が保持していた234試合のブンデスリーガ日本人最多出場記録を更新。
韓国の車範根(チャ・ボムグン)が保持していた309試合のブンデスリーガ アジア人最多出場記録も更新。

実績的にも、堂々たるものだ。(渡独以降、追記あり)
ブンデスリーガ優勝1回 … 2008-09ヴォルフスブルク
DFBポカール優勝1回 … 2017-18フランクフルト
UEFAヨーロッパリーグ優勝1回 … 2021-22フランクフルト
UEFAヨーロッパリーグ・ベスト4 優秀選手(18人)選出 … 2018-19フランクフルト
チャンピオンズリーグ出場 … 2009-10ヴォルフスブルク 2022-23フランクフルト
アジア国際最優秀選手賞 … 2018フランクフルト

現在、37歳となった長谷部は、今シーズンはブンデスリーガ最年長プレーヤーとなっている。それでいて、フランクフルトのようなリーグ上位のチームでレギュラーとして出場しているのだから驚くほかない。

最後に、用意していたが、本文の中に盛り込めなかった長谷部を称する言葉を2つほど紹介したい。これも長谷部誠という選手をよく表している称賛の言葉だ。

「人間的な模範」
「真のプロフェッショナル」

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